確かに君は此処に居た 


二.君と一緒に 

「ちょっと待って」

明くんは傘の骨の一つに何かを結びつけた。それは傘が動く度にゆらり、ゆらり揺れる。

「ふれふれ坊主?」
「うん、もう少し雨が降って欲しいからね」

そう言うと、明くんは私から傘の柄を取った。明くんが歩き出すのに合わせて自分も歩き出す。

「自分で作ったの?」
「うん、丁度愁が裁縫しててね。こっちに来ながら、作ってみたんだ」

ふれふれ坊主は顔がへのへのもへじで少し不恰好だが、愛らしいと思う。

「風邪引くよ?」

鞄から出したハンドタオルを差し出す。この身体は大久保くんのものなのだから、風邪を引かれたら合わせる顔が無い。明くんはそれを受け取ると立ち止まって、何故か私の頭を拭き始めた。自分の方が歩いていたせいで濡れているのに。

「あのさ、明くんが拭いて!風邪を引くから」
「いいよ、いいよ。どうせこの身体は愁の身体で僕の身体じゃないから。それにもし風邪を引いてもそれは、愁の免疫力が弱いってことで僕は一切悪くない。抵抗力がない方が悪い」 

筋が通っているかもと思うのは大久保くんに悪い気がして、返事を返せない。明くんはその間も制服を拭いてくれる。されるがままになっていた私は拭いてくれている腕を掴んで強めに「拭いて」と言うと、苦笑して「はいはい」とようやく大久保くんの身体を拭き始めた。拭き終わって、再び並んで歩き出す。

「愁の傘ってどれも暗い色しかなくて、ごめんね。それにしても傘の色が単色だなんて、やっぱりつまんない男だよ」
「つまらない男って…」

傘の色だけでそう判断されるとは可哀想だ。

「ねえ、見て。もう椿が咲いているよ」

公園の花壇にある椿の木が道路まで葉と枝を伸ばし、白い花を咲いていた。これを見ると、冬が来たと思ってしまうのは私だけだろうか。

「本当。咲き始めたばかりなんだね」
「椿は冬中咲くし、種類が沢山あるからいいよね。あ、南天だ」

ひっそりと椿の木の傍に小さな赤い実を付けた南天を発見する。明くんはそれに手を伸ばした。 「あげる」と 片手をとられ、手のひらに数粒の赤い実が転がる。

「実を乾燥させれば、せき止めになるんだ」
「そう言えば、薬局とかで売ってたりするね」
「でしょ?椿もいいけど、この時期に僕が伽夜にあげるなら絶対南天だね。それか、ピンポンマムもいいかな」
「ピンポンマム?」

聞いたことがない花の名前だ。

「うん、小さくて丸い花なんだ。まるでピンポン玉みたいでね」
「…ちょっと見てみたいかも。でもなんで、私にくれるなら南天かピンポン玉なの?」
「花言葉って知ってる?」

それは知っている。コスモスなら「乙女の真心」とか、ひまわりなら「あなたを見つめる」というふうな花にあてはめられた言葉だ。

「気になるなら、本かネットで調べたらいいよ」
「教えてくれないの?」
「だって前に僕は似たような事を言ったからねえ。まあ、また聞きたいなら何度でも言うよ?」
「な、何の事?」
「秘密」

もったいぶって教えてくれないらしい。絶対、帰ったらネットで調べてみよう!と決意する。そう思っている矢先に私はあることが浮かんだ。

「もし、大久保くんにあげるなら何?」
「愁?愁か…結構、悩むね」

私にくれるのがさっきの花ならば、大久保くんにあげるのはなんだろう、とふと思った。

「だああっ!!」

 その時、明くんが変な声を出した。悩みすぎて頭がショートしたのかな?少し質問したことに後悔をしつつ恐る恐る隣を見ると、渋い顔をしていた。

「もうっ!」

何故か逆方向から明くんの声がした。そっちを見ると、怒り顔の明くんがいつものように宙に浮かんでいた。

「なんで追い出すのさ!?」
「うるせえ!勝手に俺の身体を占拠すんな!」
「それと僕を強く飛ばすこととは関係ない!痛かったし!」
「当たり前だ、自分の中に異物があったんだからな」

どうやら今、私と相合傘をしているのは大久保くん本人らしい。さっきの変な声で自分の身体の中に居た明くんを追い出したようだ。

「異物ぅ?僕を病原菌扱いするな!」
「勝手に身体占拠するんだから、病原菌に決まってるだろ!それ以外、何があるんだ」
「腹立つ〜!腹立つ!それよりも、伽夜と仲良く相合傘しないでよ!そのポジションは僕だけなんだ。今すぐ、その傘から出てけ!」
「つーか、この傘は俺の所有物だっての。それより、これはなんだよ。…呪い人形?」

骨に結んだふれふれ坊主に大久保君が珍しそうな目で触れる。

「呪いの人形じゃないよ。ふれふれ坊主って言うんだ。ふーん、そんな事も知らないんだ?」
「そんな知識、生きていくうえでいらねーし。にしても、人形作るの下手だな」
「…ねえ、その人形に愁の名前書いて呪ってあげよーか?」

どうやら、下手という言葉に癇に障ったらしい。

「伽夜。さっきの質問のことだけど愁だったら、セキチクかな。秋には咲かないから残念だけど」
「セキチク?」

さっきの話とはもし明くんが大久保くんに花をあげるなら、という話だ。

「俺だったらなんだよ?」
「愁にあげる花なら、って話。あーでも、アキノキリンソウなら今、咲いているかも。「予防、用心、要注意」。アキノキリンソウの花言葉三拍子は素晴らしいね」
「はああ?」

そうやって、言い合いが始まった。男子ってむきになると、いつも以上に舌がよく回る。結局、それがヒートアップすると手が出て大暴れとなることもあるけれど、この二人の場合はどう転んでも言い合いで済むからいい。皮肉にも明くんが幽霊だから手の出しようがないおかげ。

「♪〜予防!用心!要注意は愁〜まるで変質者。その通り」
「変質者!?」
「うん。この三拍子は変質者っぽいよ。愁にぴったりだね。良かったねえ」
「俺は変質者じゃねえ!一般人だーー!」
「どこからみても一般人じゃないよ?変人」
「どこからみても立派な一般人だ!」

そうしばらく二人の言い合いを聞いていたけれど、何かさっきから視線を感じる。見てみれば、犬の散歩中のおばちゃんがこっちを見ていた。視線の先には大久保くん。

(あ。忘れてた)

大事なことをすっかり失念していた。他の人には明くんが視えないから、大久保くんが何もない宙にむかって話すイタイ人に見られている。コーギーは可愛いが、おばちゃんの視線はなんか嫌だ。そう思ってた矢先だった。

「ごめんね」

その言葉と共に何かが私の中に入ってきたような感覚が起こった。身体が動かない。視界は黒。感覚的に地面に膝を付いたようだ。

「古嶋?」

私の異変に気づいた大久保くんが明くんとの言い合いを止めたようで、声がすぐ近くから聞こえる。突然、視界が開いた。

「・・・るな」

小さく呟いている。誰が? 戸惑い気味の大久保くんがおろおろとしているのが感じる。

「触るなって言ってるんだっ!」

それは私の声。 目の前にはしゃがんでくれた大久保くん。驚いて私を見上げている。

「触れないでよ。この、アキノキリンソウ!」

そう叫んで、その場から走り出したようだ。

(な、何〜!?)

状況が分からない。だって、今走っているのも私の意思じゃない。この身体は私のモノなのに、私の意志が利かない。傍観者のように光景を見ている。

「ごめんね、伽夜」

その声は私の声。私の意思ではない声。もしかして・・・?

(明くん!?)

「そう!大正解。ごめんね、あのイタイ現場から一刻も早く去りたくてね」

成る程。明くんはあのおばさんの存在に気づいていたようだ。それにしても器用に口げんかしていたなあ。

「愁はどう思われて良いけれど、伽夜までイタイ人に見られたくないからね。だから、ちょっと身体借りたよ」
(・・・大久保くん置いてきて良かったの?)
「いや、本人。頑張って走ってきてるよ。ほら」

走りつつ、振り返れば追いかけてくる大久保くん。ちゃんと傘をたたんで追いかけてきているのは律儀かもしれない。 しかし、 「明―――っ!!」 と、叫んでいるのは近所迷惑だ。

「ねえ、雨やんでるって知ってた?」
(え?)
「ほら」

すっと指さされた先。視界は雲間から覗く日差しと青空。雨はもうすっかり止んでいた。



帰宅後、部屋でインターネットを開く。検索はもちろん、あれだ。

「お。出た」

画面には花言葉をのせたサイト名が並ぶ。とりあえず、その一つをクリックすると花言葉が五十音で、ずらーと書いてあった。それらを視線で追ってゆく。まずはピンポンマムからだ。

「!?」

見つけた。見つけたけれど、それは・・・。

「い、いや。次は南天・・・」

顔が熱で火照り始める。保留にして、ナ行を追ってゆく。

「…!」

その花言葉たちはあの日を思い出させる。あの秋の日の夕方を。言われて逃げてしまったあの日。

『だってに僕は似たようなことを言ったからねえ。まあ、また・・聞きたいなら何度でも言うよ?』

その言葉の意味をようやく理解する。冗談じゃない。何度も言われたら別の意味で死にそうだ。もう限界。私は、ネットを閉じてパソコンの電源を落とした。

fin.

補足:ピンポンマムの花言葉・・・君を愛す   南天の花言葉・・・私の愛は増すばかり

『だって前に僕は似たような事を言ったからねえ。まあ、また聞きたいなら何度でも言うよ?』
→本編、第一章一.突然の訪問者は愛を告げる、で明が言った『好きだよ』というような愛の言葉をまた望むならば何度でも言うよという意味。