確かに君は此処に居た


2008年・ハロウィン

(・・・保健室便り作るなんて、めんどくせえ)

 一日の授業をこなし、待ち望んだ放課後だというのに。 そう思いつつも、愁は鞄を持って教室を出た。

 (ちょい遅くなったかな)

時計を見れば、HRが終了して早三十分。 突然行われたテストで合格点を取れず、さっきまで再テストを受けていたのだ。そのため同じ委員である伽夜は先に保健室へと行って作業をしているはずだ。

「Trick or trick!」
「は?」

突然、現れた人物に対して不快とばかりに目元の皺を寄せた。

「なら・・・Treat or treat!」
「それ、間違ってねえか。明」
「間違ってなんかないよ」

きょとんとする明に愁はため息を一つ漏らす。 明が人物の前にこうやって前触れもなく現れるのは少なくない。もはや日常茶飯事である。

「どっちも選択肢ねえじゃないか。Orの意味がねえよ」
「Trick and treat!」
「 ・・・」

黙ったまま愁は歩き出す。これ以上、明に付き合っていれば時間を食うと判断したからだ。それを察したのか、宙に浮いていた明は床に足をつけ愁の後を追いかける。

「無視?ねえ、末代まで祟るよ?」

その一言で立ち止まり振り返れば、今の言葉を言ったとは思えないほどの可愛らしい笑顔。 末代まで祟るとは明ならやりかねない。

「なんだよ」
「大体、こんな愁に選択肢なんて贅沢だよ。必要ない」
「はあ!?勝手にそう決めんな!」
「にしても、相手を嵌めて悪戯するなんて素敵なイベントだよね」
「は、嵌め・・・」
 「時には人を嵌めることも大事だよ。自分が手に入れたいと思うならね」
「まあ、時にはそうかもな(時と場合によるけどな)」

保健室へ続く階段を下りながら、愁は同意した。 すると「でしょ!?」と嬉しそうに言った明が自分の前に出てきて、視界が塞がれたため階段から踏み外しそうになる。

「あぶねえだろ!?」

なんとか手すりに掴まって踏みとどまった。自分の反射神経の過敏さに感謝しながら、ほっと胸を撫で下ろす。

「あーあ、もうちょっとで仲間になれたのに」
「ざ、残念がるな!それにたとえ万が一俺が死んでも、お前の仲間だけはならないからな!」

つくづく明の前で隙をみせれば、こうやって掬いあげられるのだ。

「それで僕、どうせお菓子食べられないから悪戯でいいよ?」
「お前が幽霊だから自業自得だろっ!」
「もうーそれは言わない約束だって」
「いやいや。それは約束も何も、約束した覚えねえから」

何故、放課後なのに平和をかき乱すのか。しかし、次の明の一言でさらにそれはかき乱される。

「とりあえずさ、身体貸して?」

―――俺に拒否権はない。





放課後の保健室。保健室便りの下書きを書いていた伽夜は一度その手を止めた。  少し視線を逸らせば、湯気を出す二個のマグカップ。中身は温かいココアだ。それは保健室便りを手伝ってくれるはずの草場先生が緊急会議のため、手伝えなくなったために出してくれたもの。

(・・・大久保くん、まだかな)
「Trick or Treat!」

ドアが開く音と共にそれは聞こえた。振り返ると、にこにこと笑う愁が立っている。

「え?ねえ・・・明くんだよね?」
「うん!すぐ分かるなんて、愛の力だよね」

確認のために尋ねると、予想通りだった。目の前の愁は中身が明である。どうやらまた、身体を愁から借りて憑依したらしい(正しくは、強制的に)。

「ちょっ・・・えーと」

ブレザーのポケットに確かサイダー味の飴玉があったはずだと探る。昼休みに友達から御裾分けだと言われ、貰ったもの。

「これでいいかな?」

ポケットから飴玉を出そうとすると、その手を明が静止させた。

「ううん、お菓子なんかいらないよ」
「?」
 「あっち向いて?」

病人が寝るベッドの方を指差され、素直に伽夜はそちらに顔を向けた。

「!」

頬にやわらかな感覚がしたのと同時に軽く、チュという可愛らしい音が響いた。

「!?」

今の行為がキスだということを理解する。

「ごめんね、愁の身体で」

そんな問題じゃないっ!と言いたいが、口から言葉が出てこない。急に高まる心臓の音と熱がそれらを阻む。

「昔みたいにここでしたいのは山々なんだけど、愁の身体だからさ。僕が嫌だもん」

ここ、と指先で唇を示せば、伽夜はさらに頬を赤くさせた。

(むむむ、昔ってっ!)
 「お菓子より甘いモノ、ごちそう様」


fin.  


written by 恭玲 site:願い桜