確かに君は此処に居た


真っ白な記憶の向こう


「…誰?」

目の前には数人の大人が私を囲んで見下ろしている。 まるで、その場から逃げるのを許さないように。 私はその異様な空気にただ怯えて病院のやけに糊が利きすぎたベッドのシーツを力いっぱい掴むしかなかったのを覚えている。反応がない私に痺れを切らした大人の一人が覗き込むように話しかけてきた。

「伽夜」

たった二つの音。それが誰かの名前だ、と理解は出来た。

「伽夜?」

でも それは、誰? その問いは確認のように繰り返される。

「伽夜…?」
( カヤ?)

その名が私の名だと知るのは随分後になってからだ。

「覚えていないのか?」

覚えていない?

「私よ。ねえ、本当に覚えていないの?」

周りの大人たちもそう言い出した。思えば、あの人たちは私の近親者たちだったのだろう。 誰? ぐるりと周りを囲まれて、逃げ出せない。 幼い私は得体のしれない視線に晒されていることにただ、怯えを覚えた。 なんで、そんな目で見るの?

「やはり、伽夜ちゃんは記憶喪失になっているみたいですね」

一歩離れた場所でそれまでの様子を見ていたらしい医者はそう言った。その側で看護婦がカルテにペンを走らせている。 記憶喪失。 大人たちはもう何も言わずじっと静かに同じ目で私を見ていた。

『どうして、覚えていないのか』

そう訴えてくる。 覚えていないことが悪いように。責めるように。 ベッドから逃げる道はない。 けれど、その視線に晒され続けるのは嫌だった。 私は布団の中に潜り込んだ。

「伽夜!」

誰かがそう叫んだ。 嫌だと、目を閉じて耳を塞ぐ。 知らないよ。 あなたたちなんて私は、知らない。 だって 私の記憶にあなたたちは居ない。 そして 私も其処に居ない。 私の記憶は真っ白だから。 覚えているとか 覚えていないとか なんて 言えないもの。  

fin.
by kaya(kimiita)  


written by 恭玲 site:願い桜