同じ格好をした者たちが次々へと部屋に入って、荷物を置いていく。その様をそれまでベッドの上で寛いで読書を楽しんでいた彼女は唖然と見つめる。赤チェック、青チェック、金のリボン、銀のリボン、大中小………カラフルな包装紙に可愛らしいリボンがかけられて、大きさの異なるプレゼントらしい箱の数々が部屋の隅を占領していく。
「おめでーとーうっ!」
ドアを壊しそうな勢いで部屋に入ってきた青年に彼女は怪訝な表情を浮かべる。そんな彼女に差し出されたのは深紅の薔薇。巷の女性が夢見ると言う「両手に一杯の華」の状態だが彼女は嬉しそうな表情ではない。一体いくらかかったのかと聞きたいくらいに数が多い。
「何歳になったんだっけ?」
「……私、女なんだけれど」
「うん?勿論、そうに決まってるでしょ」
「女性に歳を聞くのはマナー違反よ」
彼女は薔薇をベッドの上に置き、ベッドに腰掛けた青年に背を向けた。
「拗ねちゃったの?」
歳を聞かれて拗ねたわけではない。ただ気に食わないのだ。自分を此処に閉じ込める青年に何故自分の誕生日を祝われなければならないのかが理解出来ない。
「君がさ何が喜ぶか分からないから、女の子が喜びそうなものを買ってみたんだ。とりあえず組織の者にアンケート取って揃えたから色んなものがあるよ」
「いりません。私が貴方に祝われたくないので」
自由を奪われている相手に祝われたくない。この世に世を受けた喜ばしい日をそんな者に祝われるほど彼女は愚かではない。
「なら、もう一つ贈り物するよ。何が欲しい?」
「自由」
彼女は青年の方を真っ直ぐ見つめて言う。たった二文字。何年も深い眠りから目覚めたら、其処は望んだ場所じゃなかった。そんな自分が望むのはそれだけだ。解放と云う名の自由。
(帰りたい−―……)
遠い記憶となった優しい温もりのある場所。春の日差しのような温かく居心地が良い、あの人々の許に帰りたい。
「私は此処から出たいです」
「それだけは駄目だなあ」
即座に望んだことは切り捨てられる。目の前の青年が簡単に生命を摘み取るように。
「私をあの人たちの傍に帰してく……っ」
はっと息をのむうちに視界が暗転する。見えるのは数センチと迫った青年の顔。押し倒された時に同時に両手を上で押さえつけられた。身体に青年の重みを感じて眉を寄せる。
「それ以上言うと、僕は今以上に君を縛らないといけなくなる。それとも手足に枷をつけたい?」
「……嫌です」
ぎゅっと押さえつけられた手に青年が力を入れる。伝わる痛みと青年への嫌悪から彼女は顔を背けた。これ以上、自由を奪われたら精神的に耐えられない。そう思う隅でいっそ発狂すれば良いかもしれないと思う。
(でも、悲しむ)
自分がそうなれば瞼の裏に思い浮かべた人たちは悲しんでくれる。だから自分では心を壊さない。
「望まないとは言わない。ただ僕の前では言わないこと。出たい、帰りたいと泣き叫ぶのは僕が居ない時にするといい」
向けられる視線に怒りが滲んでいるのを顔をこうやって背けていても感じる。でも不思議と怖くはない。彼女は青年を見据えた。
「貴方には何も望みません」
「それ以外を僕に望めばいい」
「なら、貴方の命をください」
触れられる温もりは温かい。魂の器という身体に命が通う証。自分の自由を制限されているのは生命を管理されているのと同じ。だから彼女は同じようなことを青年に望む。
「熱烈な愛の告白だね。いいよ、君にあげる」
青年は嬉しそうに笑う。愛の言葉なんてあるはずないのに、と彼女は思う。簡単に承諾されて張り詰めていた空気が消えた。青年は彼女から退くと胸元に手を突っ込んで、探し当てたものを彼女に押し付けた。
「これをあげる」
渡されたのは小さな短剣だ。鞘に花びらがたっぷりとした華模様があしらわれていて綺麗な品。鞘を抜けば、刃が照明に照らされて鋭く光る。
「でも今は駄目。然るべき時に君が命を狩る罪を負う覚悟があるなら、これで好きにするといいよ」
「それはいつですか?」
「然るべき時。僕にも分からないさ。そうだね、ひょっとしたら…君が望む時かもしれないね」
青年は彼女の手元にある短剣を鞘に納めさせて、いつの間にかテーブルに運ばれたチョコレートケーキを指差した。
「さあ、ケーキを食べようか。とりあえず君が望む人たちには今年の誕生日は祝えないから今は僕が祝うよ」
どんなに拒否しても、祝われる。祝われたくない相手に誕生日を祝われるのも今の状況では仕方ないと割り切るしかないのだろう。此処に捕らわれている自分には。
「プリンがないなら食べません」
「プリン?」
「プディング」
「え?君、プディング好きなの?」
「プリンを馬鹿にしています?あんなに甘くてまろやかな食べ物は他にないですよ!」
「じゃあ、ボネを用意しよう」
「ホネ?私、犬じゃないです」
それは明らかに聞き違いだ。青年は「違う違う」と首を振った。
「ボネ。メレンゲ菓子にココアを加えたココア風プディング。イタリアのプディングだよ」
「…………いただきます」
メレンゲ菓子はクッキーよりもふんわりとした菓子だ。それにココアがかけられているなんて素敵だと心の中で喜ぶ。それが顔に出ている彼女は単純で、青年は思わず破顔する。
「おめでとう、誕生日」
「……」
返事が無くとも良い。今彼女の傍に居るのは自分で、誕生日を祝うのも自分の役目だ。現在の彼女は紛れもなく自分のもの。
「あの」
「何?」
枕を抱いている彼女が突然、青年に問いかけた。
「本当にプレゼントはアンケートで決めたのですか…?」
「そうに決まっているじゃん」
彼女は情けないやら呆れるやら様々な感情が入り混じって愕然とする。
「大丈夫だよ、集計結果をリスト化してそれを僕が責任を持って目を通して決定したんだから!」
「目を通したのに、あの量…ですか」
部屋の隅っこを殆ど占領されたプレゼントの山。一体、いくつ用意していくらかかったのか聞きたいくらいだ。
「さっきも言ったけれど、どんなものが君が喜んでくれるか分からなかったんだ。だから、色んなものを用意したよ」
「私にこんなことしなくて良いですよ」
「だーめ、大事な人なんだから当たり前デショ?」
大事な人の意味合いが違うと突っ込みたいのを彼女は抑える。
「何があったかなー?覚えているのは巨大クマのぬいぐるみ、チョコレート、メジャー、トランポリン、韓流ドラマのDVD、毒薬……何か変わった本とか…嗚呼、マサイ族もあった気がする」
「すみません、聞き違いかもしれないのですが毒薬って言いました?」
突っ込みたいことは他にもある(特に一番最後のはすでにプレゼントの領域を超している)が、彼女は逃してはいけないことを優先させて青年に聞いた。
「毒薬あるよー!これが珍しいんだなあ、三口で死に至るっていう効能があるんだ」
「それ、私がいただてもいいのですか?」
毒薬を閉じ込めている自分に渡して使われないのかと疑問に思う。青年は「大丈夫」と笑いかけた。
「この毒薬は組織の者にはもう耐性つけてるから、組織以外の者にはちゃんと効くから。安心してよ」
「いやいや、もう私が使うことになってるいますが使いませんからね!?」
「大丈夫だって、それ使って解剖されても毒の反応出ないし。君が恨んでいる人居るなら、代わりにそれで誰か派遣されてやっちゃっても…」
「しなくていいですーーー!!」
「勿論、君にも耐性つけてるから飲んでも平気」
なんですと!?と叫びたくなるのを堪える。もう数秒後前に叫んでしまったため、叫ぶ元気がないだけだが。それにしても、いつの間に毒薬の耐性を使われたのだろうか。記憶を探っても見当たることはない。
「僕のお勧めはマサイ族かな。現地で狩ってきたばかりの新鮮だからね。って言っても、眠らせているけれど」
「マサイ族って人間ですよね!?私たちと同じ人間!狩ってきたって…殺めたんですか!?」
「殺めたら、君とマサイ族が遊べないでしょ。彼らってぴょんぴょん跳ねるんだ。面白いよね?」
確かにテレビで見たことはあるが、実物に会いたいとも欲しいとも思ったことはない。ましてや、現代において人間などプレゼントをする対象から大きく外れている。おそらくプレゼントの中で異常なほど大きな箱に彼らは入っているのかもしれないと視線をやる。
「生物(なまもの)は嫌です、帰してきて下さい。彼らを無事に帰してきて、お願いですから!」
「えー、せっかく捕獲してきたのに」
「彼らを無事に自然に返して下さい!!」
残念そうに肩をすくめる青年に彼女は「いいから!無事に帰してきて下さい!」と強く説得する。何故祝われたくない相手に祝われて、プレゼントもロクなものがないのだろうと頭が痛くなった誕生日だった。
fin?