「いっそ黒を纏ったら如何ですか?」
「黒?嫌だなあー、僕ってそんなに汚れて見える?これでも綺麗好きなんだけれど」
「汚れどころか、全体的に真っ黒でしょう。白っていうのはこう…純粋とか善とか、清らかな感じ…」
にっこりと人の良さそうな笑顔を浮かべる彼は喧嘩や殺し合いを好む。あとはどんな風に填めようか、騙してやろうかと考えることも好き。そんな彼には白は似合わない。きっと白に意思があれば、お願い下げするに違いない。白が可哀そうだ。
「僕は白が好き。大好き。だって白が一番、容易に他の色に染め上げられるでしょう?たとえば、深紅とか――……?」
深紅と言われて真っ先にイメージするのは、血液。生き物が生きていくために必要な生命の源。体内を巡る深紅の生命。
「あれは実に爽快なんだよ。他の色に塗りつぶされる瞬間が、ね。黒だと染まりにくいから嫌い。嗚呼…貴女には一生、分からないのが惜しい」
「……馬鹿でしょう?」
つまり喧嘩や殺し合いの際に白を身に纏っていれば、相手の血液が飛び散るなどして白を汚す。それが爽快だと言う。他人の命を散らせることは社会的にも常識的にも道徳的にも悪いことだ。それを彼は逆手にとって楽しむ。それが彼の趣味だと、彼は彼女に以前、言っていたのを思い出す。実に質の悪いものだ。
「ねえ」
彼は彼女の頬に触れた。体温は高く、肌も赤みをさして実に生きているという感覚を彼に感じさせる。胸に降りる、安心感。傍に居られるという当たり前だと錯覚しそうな時間が流れる。別の誰かを想う彼女を掻っ攫って、此処に閉じ込めている事実を忘れそうになる。
(それはただの夢に過ぎない)
掻っ攫って奪ってきたのだから、そろそろ誰かが此処を突き止めて来るだろう。そうなれば、彼女は自分の元から離れる。誰かの手に渡るくらいなら、自分の手で手折った方が綺麗かもしれない。
(それは良いかも。きっと彼女は綺麗に咲く)
真っ白な衣を深紅で染め上げて横たわる姿は美しいに違いない。 一瞬で咲き誇って散った、生命の大輪の華となって。
「貴方は馬鹿ですよ。殺したら…もう生き返らないのに」
呆れた声音が心地良く耳に響く。その涼やかな声で紡ぎ出された言葉は容易に彼の心に染み込んでゆく。 摘み取った生命はその一瞬、美しく花開く。 だが、たった一瞬で咲いたらすぐに朽ち果て、どんなに求めようと二度と咲かない。 そうですね、と彼は彼女の言葉を肯定すると慣れた手付きで彼女の髪を一房すくった。 漆黒。鳥羽玉の闇色。 大嫌いな、色。
「貴女には黒が似合うよ。僕が大嫌いな黒色。今度から、全て黒に変えてしまおうか。貴女の纏う服もカーテンも鏡も全部、全部…!」
高らかに歌うように言う彼は楽しそうだ。いつもより上機嫌で彼女に語りかける。彼が彼女に触れる手は優しい。手越しに感じる温もりも優しいのに、この手で生命を摘む。きっと笑顔を浮かべて誰かを冥土へ送って行くのだろう。
「大好きな貴女をずっと今みたいに白で包んでいたら、いつか殺しちゃうかも。でも大嫌いな黒で大好きな貴女を包めば、きっと私は貴女を殺さないでしょう?」
白に包まれた彼女は殺される。(きっと誰より美しく)
黒に包まれた彼女は生きてゆく。(きっと誰より密やかに)
二つの反対色は伴う定めも、逆な結末へと導いてゆくだろう。
fin.