清潔なベッドに寝かされた女性は、穏やかな表情を称えて眠っている。その表情を称える理由を彼は知らない。余程、彼女が夢の中で心地よい夢を見続けているからなのか。知る術を今の彼は持っていない。
「もうどれくらいだっけ」
彼は彼女がこうなったという時を数え始めた。ひとつ、ふたつ、と指折り数えてゆく。 彼女が少女だったあの日から時を止めて、長い間深い眠りについてしまった日。 彼女が持つ、記憶や想い全てを眠りという行為で凍らせた日。
「丸々十年か…でも、そうなったお陰で君は此処に居るんだもんね」
彼女がこの状態になったから、彼女は彼の元に居る。眠りについていなければ彼女を容易に此処へ連れてくることさえ出来なかっただろう。そして此処に連れてきた日からずっと彼は毎日、毎日彼女の様子を見に来るのが日課になっていた。 彼は彼女の頬に触れた。こうやって部屋で眠り続ける少女は日焼けをしていないため、肌は白いと称すのを通り過ぎて青白く、おまけに体温も低い。不健康そうに見えるのも仕方ないだろう。次に彼は彼女の伸ばされた漆黒の髪に手を伸ばした。細い髪は彼女の世話係によく手入れされているだけに、痛みがなく手触りが良い。これからも続けるように世話係に言っておこう、と彼は思った。
「早く目覚めれば良いのに」
風が吹いたら、どんなに綺麗に髪が靡くだろう。 陽の下に行けば、眩しさに目を眩ますだろう。 その目を開ければ、この光景になんと言うだろうか。 どんな声音で どんな表情で 自分を捉えてくれるだろうか。 様々なことを連想し考える。興味がある事項へ寄せる好奇心は旺盛だ。特に彼にとって彼女は最も興味深い対象である。そのまっすぐに向ける感情は純粋な好奇心だけではないが……。
「目覚めたら、君は僕と遊ぶんだよ?だから、いい加減起きてよね」
願うのではなく、強引な誘いを彼女に突きつける。目覚めた彼女に選択肢はない。彼女を捕らえたのは他ならぬ、自分。奪う覚悟があるのならば、此処へ来れば良い。
「まあ、返り打ちにするけれど。良い気分転換にはなるかな。ねえ、眠り姫?」
前髪を払って、おでこに親愛の情を込めて口づけを一つ落とす。
さあ、おいで。彼女を奪われて、嘆く者たち。そろそろ来るころでしょう?
彼女が目覚めるまで、目覚めた後でも構わないけれど僕と遊びましょう――?
fin.