確かに君は此処に居た


11.捜索開始

「…さて、校内の中から探そうか。明くん」
「了解。ところでさ、校内って休日なのに入れるんだ?」
「うん。だってほら、日中は部活生が活動しているからね」
「なーるほど。部活生のために解放してるんだ。休日なのに御苦労さまだねえ」

少し正午を過ぎた頃、二人は自転車に乗って学校へとやって来た。そして高等部の駐輪場に自転車を止め、昇降口へ向かって歩いている。自分の隣を歩く伽夜の吐く息が白くて、明はふと今朝見たニュースの天気予報を思い出した。

「伽夜、寒くない?天気予報では一日中冷え込むって言ってけど」
「大丈夫、大丈夫。たくさん着込んできたから平気」

そう言っても、真冬のように何枚も重ね着しているわけではない。紺のセーラー服の下にセーターを着て、そのセーラーの上には白いカーデガンを羽織っている。それに首元には赤色のマフラーもまき、黒の手袋もはめるという軽装な格好だが結構温かい。

「そっか。でも、風邪引かないようにね!」
「うん、ありがとう」
「でも万が一、風邪引いたら看病するから」
「…看病?」
「うん、看病。前は僕がしていてくれていたからね。今度は僕にやらせて」

たったまだ一日しか明と一緒に居ないが、大体明の性格が分かってきた気がする。陽気な性格で、小さな気遣いが出来る少年。今も自分に話す明の横顔を見て、何も思い出せないのが少し残念に感じる。こんな明なら、小さい頃は楽しい思い出ばかりに違いないのに。

「じゃあ、その時は是非お願いするよ」
「うん!任せて…って、傍に居て話くらいしか出来ないけれどね」
「それで充分だよ。傍に居てくれるだけで心強いもの」

病は人を弱気にさせる。伽夜の記憶上、風邪を引いて看病してもらったことがない。してもらったことがないと言い切るのは語弊があるかもしれないが少なくとも付きっきりで、はない。風邪を引いた際、充は充の時間が許すまでしてくれる。けれど充には充の生活があるために付きっきりは出来ない。かと言って、父親がしてくれるわけでもない。

「…お。やってる、やってる」
「あれは野球とラグビー部だね。もう来年の大会に向かって頑張ってるんだ」
「寒いのに頑張るねえ。さすがうら若き若者。輝く青春に向かってダッシュだね」
「そう言う明くんも若者でしょ?なんか、年寄りくさいよ」
「そうかなー?ほら、僕って精神的に大人だからさ」
「何それっ!」

グランドでは寒さを吹き飛ばすくらい大きな部活生の声。春に行われる試合に向かって今の時期から頑張っている。そんな傍らでその「お。いたいた、愁―!」笑っていた明が急に大きな声で叫んで、大きく手を振った。視線の先――昇降口の数段の階段に誰かが座っている。明の声が聞こえたのか、その人物は立ち上がると早足で二人に近付いてくる。 誰だろう?と疑問に思った伽夜は目を凝らしてみた。

(…お、大久保くん?)

こっちに向かって来ているのは、クラスメイトの大久保愁であった。



「遅いっ!一時間も遅れやがって!」
「あ、ご…ごめん」

いきなりの怒気を込められた声に対して、伽夜は反射的に謝った。それを見た明が愁にすかさず、抗議し出した。

「伽夜は謝らなくていーよ。会った途端に人に向かって怒鳴るなんて、一体どんな神経してんの」
「明、お前に向かって言ったんだよ!お前が昨日の夜に、昇降口に十一時に集合って言ったろ!」
「…昨日の夜?」

二人の話を聞いていた伽夜の呟きに気づいた明が伽夜に分かるように説明する。

「伽夜が入浴中に愁の家に行って、説明してきたんだよ。大分、遅くなって帰ってきたのは真夜中だったけど」

そう言えば、昨日の夕方に二人はそんな約束をしていたような気がする。

(それで…お風呂上がったらいなかったんだ…)

風呂から上がった後、明が居なくて家中捜したが眠気に負けた伽夜は探すのを止めて眠った。色々ありすぎて忘れていた。

「お前、嘘つくな!」
「嘘なんかついてないよ。嘘なんて馬鹿がすることだからね、実にくだらないことだよ」
「ば…。ってか、だいたい…」

愁は昨夜のことを思い返し始めた。あれはそろそろ就寝しようとしていた頃に明は前振りもなくやってきて、愁に今までの経緯を勝手にベッドの上に座って語り出したのだ。深く聞くつもりはなかったが、話のところどころで見せる明の表情が影が入っていることに気付いて、結局深く聞きいってしまった。その後「指輪を探すのを明日するからね」と言われ、明日の集合場所や時間を話しあっていた。その時に明に「何時?」と聞かれ間違いなく、自分は「十一時」と言ったはずだった。そう説明した愁は明に追求する。愁の説明を聞き終わった明は理解したのか、「ああ、はいはい」と数回頷くと笑い出した。

「な、なんで笑うんだよ!」
「馬鹿だなあ。僕は確かに時間を聞いたけれど、『集合する時間』なんて聞いてないよ?」
「『時間は?』って言っただろ。確実に言ったぞ、明!」
「あー…そう。あれはさ、ただその時の時間聞いただけだよ。それにすぐその後、僕はさっさと帰ったでしょ」
「それ、屁理屈だっ!普通あの流れでくれば、そう意味をとるのが普通だ」
「とにかく、愁の勘違い。あのね、物事は勝手に自分の物差しで測っちゃ駄目なんだよ。はい、この話は終わりね」

「時間は?」というのを愁は待ち合わせの時間かと思ったが、実はその時の時間を明は聞いただけという。そこに少なからず違和感を感じるのは、明が無理やり言いくるめたせいだ。

「終わりじゃねえ!おい、明。謝れ!」
「……それ以上、言うと祟るよ?」

にっこりという爽やかな笑顔と称すべきなのに、向けられる黒い殺気と威圧が怖い。とりあえず、話は明が強制的に終了させた。

(…明くんがはめた気がするけど、終わったみたいだしいいか。でも…意外に大久保くんって律儀だなあ)

昨日、わざわざ家から救急箱を持ってきてくれた事。今日、自分が思っていた待ち合わせ時刻より一時間以上経つのに待っていた事。今まで勝手に人づてに聞いて思い描いていた印象が少し変わった。人の噂は全て鵜呑みに出来ないものだ。そう思っていると愁と視線が合ったが、すぐ逸らされる。

(…あはは…それでも目は逸らされるのね)

女嫌いという噂は少なくとも、事実らしい。





「あ、ごめん」

名前を呼ばれて我に返ると、明が「大丈夫?」と気遣ってくれた。思考が飛んでいた間、明は捜索について言っていたようだ。

「とりあえず、最初は校内を探そうか。一、二階は伽夜で、三、四階は愁が探してくれる?」
「待ち合わせを決めた方がいいんじゃーねか?そっちのほうが効率良いだろ」
「……。ならさ、二人とも携帯持ってる?」
「もちろん、あるよ」

鞄から出したのは、青い携帯。蒼いキューブが連なっているストラップに銀色のイルカが揺れている。実亜が水族館に行ったときにお土産に貰ったものだ。

「俺もある」

愁は黒い携帯。どうやら携帯会社は違うらしく、ストラップも付いていない。最近はつけない人もいる二人がそれぞれの携帯を出したのを見届けると、明はさらに指示する。

「じゃあ、番号交換してくれる?メアドよりも電話の方が早いからね」
『「………」』

愁と伽夜は無言で黙り込む。あまり仲が良くない者に教えるのもどうかと一瞬思う。けれど、そんな二人の反応に明は不思議そうに二人を交互に見比べた。 「え、どうしたの?何かある?」という明の言葉で我に返った伽夜は自分の携帯を開き、操作し始める。

「いや。何でもないよ!えーと、最初に私が受信するね」
「………」

しょうがないとばかりに、愁はため息をつくと携帯を同じように操作し始めた。そして二人が無言のまま、データを送受信するのを見届けると明は。

「よしっ!で、捜索終了したら電話で連絡。よろしいかな?」
「うん、了解」
「分かった」

捜索開始だ。昇降口へ上がろうとする愁の肩を伽夜は叩いた。振り返って伽夜を捕らえるなり、顔が歪む。それは明らかな拒絶だと分かる。

「はい」

愁にすっと、それを差し出す。突然の事に愁は伽夜の手に乗った、それに視線を落としたままだ。

「寒かったでしょう?だから…はい」

さらに差し出すと、愁はそれを素早く伽夜の手から取って背を向けた。

「…サンキュ」

ぼそっとお礼が聞こえたのは、幻聴じゃない。伽夜は嬉しくなって笑みをもらす。

「ホッカイロ、あげたんだ?」
「待っててくれて、きっと手が悴んでるからね」

愁はマフラーも手袋もしてなかったのだ。待ってる間に身体ごと冷えただろう。だから伽夜は愁に『ホッカイロ』をあげた。

「伽夜ってば、優しいっ!」
「!?」

明は背後から伽夜を抱き締めた。腕が首元で回されるが、負荷は全く感じない。

(…これが生身だったら、私は倒れてたかも…っ) 


written by 恭玲 site:願い桜