確かに君は此処に居た


13.愁と校長

「…知らないですよね?」
「さあ、見かけませんでしたよ。ここの周辺で生徒が見つけた風でもありませんでしたし」
「だよな…小さくて、分からねえよな」

愁は手元の携帯画面に映った指輪に視線を落として、溜息をついた。探し物はこのうえなく、小さいことが難点だ。つまり、目につきにくい。廊下の壁に掛けられた肖像画を見上げ、愁は頭をかいた。そこには髭を生やし、優しい笑みを称えた中年の男性がステッキを握った姿で描かれている。

「いや、その見かけなかったという前に私は此処から動けませんから」
「あー…そうですね」

その言葉の通り、答え主は此処から動けない。何故なら、答え主は自身が肖像画ゆえである。ちなみに愁が言う『校長』は肖像画に張られたプレートに刻まれている『初代校長』から由来していて事実、校長はこの高等部の初代校長だったという。

「あの、校長。見かけたら教えてください」
「いいですが、話しかけても君は無視しますからね」
「す、すみません」

校長がたまに愁が通る時に話しかけても、愁は視線を少し向けるだけで通り過ぎてしまう。

「まあ、しょうがないですよね。君は他人に悟られぬようにしていますから」
「……」

非科学的存在が視えることは今まで、近親者と幼馴染しか知らない事項だった。普通、非科学的存在は常人には視えない。それが視えると知られたら、社会から異物のレッテルを貼られてしまう。だから、愁は誰にも悟らせないように振る舞ってきた。

「しかし大丈夫ですか、君」
「何です?」
「同じクラスメイトの女の子に知られたのでしょう?」

探し物をすることになったことをさっき簡単に説明していたのだ。今まで隠していたことを頻繁に会う存在である伽夜に知られてしまったのだ。

「さあ、どうですかね。…昨日のことだったので、月曜には俺に変な噂がたっていてもおかしくないですけれど。女子は噂好きですから、かっこうのネタでしょうね」
「けれど、君は探し物をしているんですよね」
「その女子の婚約者とかいう幽霊が俺に物騒なことを言うんですよ。視える俺にはそれがこの世の不幸とかいうものの上位に入りますから」
「その幽霊も私のように思いが強いのでしょうね」

苦笑する校長は自身が携わったこの高等部をずっと好きで、亡くなってもなお生前に描かれた肖像画の中に居たそうだ。

「しかし、君。その女子は君に対して不審な対応をしたのですか」

不審な対応と言われて、愁はこう至った経緯である昨日の記憶をから思い返す。同じ委員にも関わらず、まともに会話をしたことがないクラスメイト。その最大の原因は自身が女嫌いだと自覚している。

「……いいえ。ないですね」

思い返してみたが、短時間で思いいたることはない。非科学的存在が視えることを知られたのに、態度は普通だ。愁が関わるのを回避している行動に戸惑いを感じている風ではあったけれども。

(…気持ち悪くねえのか。俺にこんなものまで渡してくるし)

非科学的存在が視えることに対してそう思わないのか、不思議に思う。愁はポケットに入れていたホッカイロを出してみた。それは夢でも、幻でもない証し。

「でも分かりませんよ、校長。月曜になってみないと」

きっと月曜には伽夜もクラスメイトや友人と接触するはずだ。そこから自ずと噂は広まるだろう。何せ女子のネットワークは広い。それゆえ情報が伝わるのが早い。昔経験したことが愁にそう物語る。もし、そうなればこうやって探していることも明に言って勿論外させてもらう。こっちの弁解を聞けば、明も納得するはずだ。噂を広めた本人の指輪を探すほど、愁はお人よしではない。

「大久保君」
「俺は人に期待などしませんよ。心を痛める必要もないですし…それにクラスメイトに知られたのも俺の不注意だったんですから」

しょうがない、と気持ちを割り切る愁の頭を校長は撫でてやりたい気分になった。





「ところで、校長」
「何です?」
「此処の教室棟とかの鍵って職員室にある以外ないですよね」
「ああ、探すのに必要なのですね。学年も違う君が教室の鍵を持っていけば怪しまれますもんね」

高等部の教室や特別室の鍵は防犯のためにつけられている。鍵は教師の目が届く職員室に置いてあり、使用するときにそこから鍵を持っていく決まりになっている。正直、二人と分かれるまで鍵の存在を失念していたのだ。

「屋上へ向かう階段に鏡があるのは知っていますか」

屋上の…のと聞き、愁はぱっと思い出せなくて表情を曇らせた。屋上は普段出入り禁止になっているためにそこに続く階段は生徒たちの日常で使う領域から外れている。

「…あったかも」

入学したての頃に一度だけそこの掃除をしたことが幸いだったらしい。記憶の中では茶色の木製の額縁に囲まれた大人よりもはるかに大きな姿見があったはずだ。

「よろしい。その鏡に手を突っ込みなさい」
「鏡に手を突っ込む?」
「あの鏡は必要なものを出してくれる、便利なものです。ただ、代わりに君の力を吸いますけれど」
「吸う!?」

多少常識から外れたことを言われても、自身が非科学的存在を視えることも常識から外れている項目なため受け入れられる。しかし、力を吸うとは愁の許容範囲から外れてしまった。

「多少、力を吸われても体力が落ちるだけで君は若いですから数日で戻りますよ」

はははっと笑う校長が呑気に見える。もう長い歳月此処にこうしていれば、否応なしに誰でも呑気になる気はするが。

「それでは、他のものたちも聞きに行くのですか」
「…遭遇すれば」

あくまで遭遇すれば、の話だ。日常のあちこちに幽霊やら妖怪などの類は校長を始め、高等部に居る。

「そう言えば最近、あの子見かけませんねえ。ほら、黒板や窓に浮かび出てくる大きな目と口が特徴の」
「もしかして…舌でべろっと舐めて生気を吸う奴…ですか。あの平面顔」

話しの通り、突如黒板などに大きな顔が現れて生徒を品定めするような視線を送ってくる。見合う生徒が居れば机やら壁などに移動し大きな舌で生徒ごと舐めてゆく。それは生気を奪っているようだ。愁はこの妖怪の名を知らないため、平面とした場所に現れることから「平面顔」と密かに呼んでいる。

「そうそう!若い子の気って美味なので何年も此処に居るんでしょうね」
「幸い、俺は嫌われているようですから」
「それは君の近くに少しでも悪意があれば、君の意思なしに存在が消えるからでしょう。それだから君は視えるものの、実際に接するのはまっさらな意思を持った者だけ」
「面倒ですね。俺は自分がよく分かりませんよ。他人のほうがよく分かるくらい」
「そんな君は本当の意味で自身を理解していますよ。自分自身が分からない、ということをはっきりと自覚しているのですから。自分を理解しているという方が目に見えるような証明出来ないですからね」

穏やかに笑う校長の言うことは愁の思考では理解出来ないものの、言われ方が嫌な感じを感じさせないため「そうですね」と頷いた。



written by 恭玲 site:願い桜